「予想の数字にこだわってはいけない。予想は出し続けると恥をかいて終わる。相場と同じように当て続けることは不可能なのだ」と、以前ある専門家が言っていました。
「前川君、予想の読み仮名を振ると よそう だろ。ものの見方は裏表。逆に読み返すと うそよ だ。予想ははずれるものと思って話し、はずれるものと聞かないと互いのストレスになるものだ。そうだろ?参考にすればいいものなのだよ」と話してくれたことを思い出します。
「金融危機は深刻化し、世界同時株安は極まり、ドルは暴落し、米国債はあてにならないものになる」と、ついこの間まで真剣な顔をしてコメントしていた人がいました。
「個人消費の火は消え、設備投資の火も消え、今年の春先以降は先の見えない世の中になる」と言っていた人もいました。
 確かに現状は、減税・金融緩和・景気浮揚策と主要各国が矢継ぎ早の政策を打ち出した結果の、消費を先食いしただけの盛り上がりなのかもしれませんが、実際、車や薄型テレビが売れています。太陽熱電気の屋根などエコ投資の話もよく聞くようになってきました。
 4月危機、5月危機を乗り越え、もし「7−9月期も景気の更なる落ち込みがなさそう」というムードになってきたら、「3月以降の政策努力が功を奏して、大きな落ち込みは当面回避できた」という過去を総括したコメントが一般的になりそうな気配です。
「私の口からはやるという話はただの一言も聞いた人はいないと思う」
言っていないのかもしれなけど、「やらない」とも言っていない。
ところで、東国原知事の条件に対する返事はいつになったらするのでしょうか。
「YES」、「NO」の返事は、誰が返すんですか。
「あっ、その返事は僕がするべき話なの?」なんて言われた日にゃあ、さすがに野ざらしにされた知事がかわいそうに思います。
 予想はいずれ現実を見ることになります。現実を見て将来を再び予測する。今は過去を総括して、検証し、今後をどう見ていくべきかを仕切り直して考える時期にあると思います。