通貨円の価値を国益として真剣に守ろうとする役割・責任を果たそうとしている姿勢が見えない情けない状況が続いています。

円高が進んでも、そして円安が進んでも、「相場の動きにはコメントできない」と市場、相場任せにしてきました。たとえ、実際口に出さなくても、意志というものがあれば、見えてくるものがあるはずです。それが見えないということは、本当に明確な意志がないのか、あったとしても責任ある決断ができる仕組みが存在しないかだと思います。
 米国のドル、ユーロ圏のユーロ、そして中国の元。それぞれの国がそれぞれの通貨を「どうであることが望ましいのか」「現在の水準をどう考えているのか」の意志があり、回りの国が何を言おうが国益を優先しています。
 日本の場合は、望ましくないときに「円高」になり、おそらく次ぎに円安になる時は、日本が望ましく思っていないときに、世界の多数決で方向性が決められてしまうのではないかと私は危惧しています。したがって、日本人は国に頼れないのなら、自らの円資産を守るための行動が必要です。
 そういう意味では、世界一強い通貨であるはずがない円が独歩高になっている現在を、円高を懸念するだけではなく、「この独歩高の円高の機会を何とか活かす道はないのか」と検討する大事なときではないでしょうか。
 「あと何ヶ月、あと何円、円高に向かう」という当面のことよりも、今後の自分の資産を大事に守っていかなければならない将来に向けて思いをはせる大事な時期だと思います。
 相場の見方は「円高になり、株が安くなる」ことを前提にしたものが大半のようです。
「円高になった」「株安になった」ことを確認して、「やっぱり」と少し安心し、円安・株高になると、「何か気持ちが悪い」と感じる人の方が多いと思います。
すぐに円安・株高となるハッピーな機会を期待せず、円高になったとき、株安になったときに、「今は投資するべき?今度は投資するべき?」と寄せる波と同じように、その都度、検討してみることが私の楽しみになってきました。そんなことを繰り返しているうちに、いずれ、円安・株高になる日がくるのだからと思っています。1週間、今月、1カ月、3カ月、今年中・・・。いずれです。