学校現場も医療現場も投資の現場も、クレームが発生して組織の立場が悪くならないように、「ちゃんと注意喚起をしていた」という証跡を残す作業がどんどん増えていきます。


 高齢者との取引は、最近、本人からだけではなく親族の方からの訴訟が増えて、「弱者=高齢者、強者=金融機関」の図で金融機関側が負ける例が多く、「何でそんな状況を野放しにしていたのか」と世論が高まるにつれて、高齢者の取引に対して金融機関は丁寧(慎重?)であるべきと、特に「こんな話もした。こんな行動も起こした。こんな決めごとを守っている」と外にアピールできる手続きが増えている。


 「老後が不安だ」と止むにやまれず投資を考える人が多い。「貯蓄から投資へ」と追い込む社会風潮もある。なのにもかかわらず、まともな金融機関は煩雑な手続きにコストがかかり、その上訴訟に合うリスクが増えて、高齢者への投資提案に尻込みしてしまう。


 金融機関の人間は、基本、自身ができる投資には制約が多く、若手にはもちろん投資する資金の余裕がないので、金融機関の人間が投資のプロとしての経験を積むのは、もっぱら、関わった投資家の経験を自分の知恵にするしかない。にもかかわらず、窓口では手続きの話だけで時間が取られ、本来の提案にまでこぎつけられず、いつまで経っても経験値が上がらない。聞きに行ってもためにならないから、投資家はいかない・・・の悪循環。

 お金に余裕がある高齢者への道を閉じて、ただ投資家を待っているだけのまともな金融機関。そこで威勢がいいのは、不安に思う高齢者ににつけ込む投資詐欺集団。


 投資で間違った判断をしないためには、まず、投資の目的を明確にすること。このお金をどうしたいのか。いつごろまでにどのくらい資金を貯めたいのかのイメージを持つ。そのための手段を提示するのが提案です。したがって、投資の提案のほとんどは提案された時点で「それは投資目的に合ったものではない。それは業者の都合だ」と判断がつきます。にもかかわらず、わかっていてごり押しで決めた業者を行為後バンバンと警告・注意して投資家の損を取り返し、さらに悪質なものは厳罰に処すればいい話で、入り口ですべての投資家・担当者を一律に扱うやりかたを今後も続けていけば、投資人口が根絶やしになってしまうように思います。


 私は投資を一人で身につけるのは難しいと思います。周りに、師匠が居たり、反面教師がいたり、投資仲間がいたりという環境が欲しいですね。投資トラブルを減らす手続きも大事ですが、なぜ必要だと思う人が多いのに「投資」が広まらない障害は何であるかを考える時期にあると思います。