相場で儲かったことが話題になり出すと、「前川さんなら、人に助言するよりも、お金を集めて成功報酬を稼いじゃった方が実入りがいいんじゃない?」とか、「前川はこうして儲けた」的な本を書きませんか?という話が出てきます。
 よくマネー誌の特集で、投資元本いくら、1年間の期限でどれぐらい増やせるかと、専門家を競わせる企画を目にしますが、私は絶対やりたくありません。人の目があると、「専門家としてなるほどという成果を残さなければならない」とか、「このプロは下手だな」と言われたくないとか、投資に邪念が入り、平常心を欠く投資になりがちで、ろくな結果にならないことが見えているからです。
 助言であれば、その人の立場に立って、短期、中長期の視点で冷静になれます。
 相場を当てるのと実際儲けられるのとは違います。「相場は当てたんだけど、中途半端なところ買ってしまったから、売ってしまったから、対応できなかった」ということはよくあることです。これが助言なら、失敗したことは忘れて、引きずられず、今どう対処すべきかを冷静に答えることができます。
 私はこれまでプロが「本日は何をどのくらい買い、いくらを売りの目標にする。この間いくらで買ったものを本日いくらで売って、いくら儲かった、損した」という日記風に投資結果を発表しているものをいくつか見てきました。大抵のものは途中から成績が芳しくなくなり、コメントに精彩を欠き、最後は相場が間違っていると相場のせいにして、長続きしません。それほど、「毎日相場を当てなくちゃ」というプロにかかるプレッシャーは大変なものです。特に投資信託の基準価額のように、毎日評価が明らかにされるものは相当なプレッシャーでしょう。われわれはよく、「他のファンドは値上がりしているのに何で俺のファンドだけ上がらないんだァ」と文句を言ったりしますが、これはファンドマネージャーにとっては「人格、存在を否定されている」言葉に近く、「プロとして居た堪れない、恥ずかしく思う」言葉です。それもこれも、「人のお金をプロとして預かって期待に応えられていない」という責任、プロ根性があるからです。正直言って、そんなタフなプロ根性を持ち合わせたプロが世の中にそんなにいるとは私には思えません。少なくても私にはできません。
 しかし世の中に運用のプロというひとがたくさん出てきました。「プロにお任せください」。人のお金を預かっても緊張しないで運用することは可能です。便利な言葉が出来ました。「投資家の自己責任」。つまり「お金は預かりましたが結果は投資家の自己責任です」と運用者が割り切ってしまえば、タフなプロ根性がなくてもファンドの運用は可能です。先日もプログに書きましたが、だから運用担当者には投資家の利益を何よりも優先するという受託者責任の徹底が求められます。
 「今度儲かりそうだからこんなファンド作ってみたんだけど投資してみない?」。お金をたくさん集めれば儲かるわけではなく、適正な運用がされることが前提です。それを誠実に行おうとすれば、相当の知識、胆力、リスク管理能力が求められます。優秀なファンドマネージャーでも集中力を切らさず、いくつも掛け持ちで運用することは困難だと思います。粗製濫造されるファンドに引っかからないように、引っかかって後悔しないように、「甘い話」には特に注意してください。世の中のファンドの数ほど、投資のプロが存在するとは到底思えません。