「公金横領して刑事責任を追及しないってどういうこと?」と、世間の常識が通じる閣僚がやっと誕生しました。結果責任を曖昧にして、「これからは注意します」の言葉や姿勢が世間で通じるわけないという常識を取り戻すことが可能なのでしょうか?今後、内閣のメンバーが変わっても徹底した追求を期待します。
 もうひとつ桝添厚相にあっぱれと言いたいことがありました。村瀬前社会保険庁長官を同庁の最高顧問として改めて招いたことです。記事には桝添厚相が村瀬氏に対し「在任中にいろいろな問題があって苦労なさった。礼を持って遇すべき人」と評価したとありました。おそらく村瀬氏が社会保険庁を去ったときに、「これで邪魔な奴が去った」と社保庁の職員の中には腹の底で「ラッキー」を叫んだ奴がいたと思います。村瀬氏には心機一転、これまでできなかった本当の改革を進めるべく、頑張ってもらいたいと思います。桝添厚相、村瀬最高顧問の働きに注目します。
 税金や保険料の使い道がこうズサンだと、寄付金の税制を優遇して寄付金による社会貢献の必要性がクローズアップされます。
 社会貢献を意識して、寄付金を大事に使ってくれる媒体に直接応援する。
本来税金はそういう主体に届くものと期待して税金を納めているはずなのに、震災被害で将来の不安を抱えている人も救えない、「人の良さ」につけ込んで低賃金労働者として、社会に貢献できる仕事と頑張っている人を見殺しにする行政に、大事な税金の使い道を任せ続けて良いのかという憤りが常にあります。黙っていても懐に入ってくるもの、入ってきたら使わなければもったいないもの、という認識レベルで、税金を取り扱っているのではと疑いたくなります。
 子供がお金が欲しいと言ってきたときに「何に使うの?それは必要なの?買わないと不都合なことがあるの?それがあると、どんな役に立つの?」と使い道を聞いて渡すのと、「何か必要があれば使いなさい」と渡すのとでは、その後の活きたお金としての使い方に違いが出てきますよね。
 「他人のお金ではなく、自分のお金として税金の使い道を真剣に考えててください」と国民が敢えて言いたくなる状況を作ってしまった責任は誰にあるのでしょうか?