ギスギスした世の中になり、モンスタークレーマーも増えてきました。クレームの対応で変に強気にでることも、逆に下手に出ることも、よい結果を生まず、相手に合わせた丁寧で誠実な対応が求められます。
 本日私は初めて、東京簡易裁判所で「少額訴訟」という裁判の原告となりました。娘の賃貸トラブルで訴訟を起こしたのですが、結果は圧勝でした。この「少額訴訟」自体、原告が泣き寝入りをしないように、最初から裁判所側は原告の意図を組んだ上で、被告である業者への事実確認を行ってきます。淡々と丁寧に、事実確認を行っていき、時折、被告側に勘違いしている部分があれば指摘します。
 相当原告側の言い分が身勝手なものでなければ、被告の当初の主張を貫いた結果にはならず、40分程度で、業者は和解で決着点を探る展開になっていくのではないかという印象を受けました。
 業者側の理屈で主張が余りに一方的で、「通常、これで当社はやってもらっています」の一点張りでした。当初私は面倒さが先に立ち、「まあいいか」と折れることも考えましたが、娘が「お父さん、悔しい。泣き寝入りは嫌だ」と訴えるので、交渉の矢面に私が出て、話し合いに出ました。
 私は丁寧に根拠を持って交渉に当たったつもりですが、業者の態度は「自分が正しい」と聞く耳を持たず、こちらの主張を無視し続けたので、私の経験にもなるだろうと「少額訴訟」に踏み切ったのが経緯です。
 業者の対応としては、まずは自分の主張をぶつけるのは当然でしょうが、その結果、それでも顧客からクレームがあれば、「顧客はなぜわかってもらえないのか」、そして「顧客は具体的にどんなことに不満を抱いているのか」を受け止めて、顧客の誤解を出来るだけ解いていく努力が必要だと思います。
 もし今回、私が「少額訴訟で第三者の適切な審判を仰ぐしかない」と、かの業者の不誠実さに怒り、業者を見切ってしまう判断をする前に、業者が話し合う姿勢を継続し、こちらに誠実さを伝える努力があれば、私の圧勝でつかんだ結果はなく、もっと業者よりの条件で決着していたと考えます。
 こういうギスギスした世の中であればこそ、余計に言葉が大事になります。本来であれば、トラブルに発生しないようなことでも大事になったりします。逆に対応によっては大事になってもおかしくないことが、言葉を尽くしたコミュニケーションの結果、円満な結果で治まることもあります。
 金融機関と投資家、預金者との会話が足りていないと感じます。投資家や預金者からのクレームがないことに胸を撫で下ろしているだけではなく、金融機関側から積極的に会話を求めていく姿勢が、今こそ大事だと私は思います。