今月の視点 2023年9月

中国リスクの高まりを背景に1ドル160円を目指す展開に!!

●1ドル120円台の円高はない

国際経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」が、8月26日に閉幕しました。昨年のジャクソンホール会議でのパウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長の講演では、マーケットは、金融引き締めペースの減速や金融緩和への転換を匂わす発言を期待していました。しかし議長は、景気よりもインフレ抑制を重視すると述べ、想定以上の金融引き締め姿勢を見せたので、株式市場はニューヨークダウ指数が1千ドルを超える急落、為替市場は対円だけでなく、多くの通貨に対してドル高が進む、ドルの独歩高になりました。

現在のドル円為替の水準は昨年10月と同水準の1ドル=146円です。しかし、当時のドル指数の数字を合わせてみると、為替水準は同じでも内容が違うことがわかります。
ちなみにドル指数は、ユーロ、日本円、英ポンド、カナダドル、スウェーデン・クローナ、スイス・フランの6通貨の加重幾何平均で算出され、この数字が高いければ、米ドルが他の通貨に対して価値が高く、低ければ価値が低いことになります。

昨年10月は、ジャクソンホール会議後にドルはすべての通貨に対して価値が高い、ドルの独歩高の状況で数字は「114」程度まで上昇していました。現在は「104」でドルの価値が高いわけではなく、円の価値が低い状態と言えるでしょう。

今年のジャクソンホール会議でのパウエルFRB議長の講演では、「適切であればさらに金利を引き上げる用意がある」と語った上で、インフレ率が目標の2%に向かって持続的に低下していると確信できるまで金融引き締めを維持するとし、これまで同様の姿勢を示しました。また、7月の記者会見では来年に利下げに転じるシナリオに言及していましたが、今回は言及しませんでした。

昨年と今年との大きな違いは、今年はFRBが政策金利をすでに5.25%も引き上げているので、この先の引き上げ幅がどうなるかではなく、現在の高い金利水準をどれだけ長く維持するかにマーケットの関心が移っていることです。年内にもう一度0.25%金利を引き上げ、2024年はこの水準を維持するという見方もあります。こうした米金利の高止まりは、円安・ドル高基調を支え、1ドル=120円台の円高水準を期待するのは難しくなったように思います。

●1ドル160円を目指す展開もあり

他方、中国経済の先行きに明るさが見えず、外国人投資家の投資マネー流出が加速しているため、中国リスクがドル高進行をさらに早めるかもしれません。不動産不況が中国経済全体に飛び火する懸念から、中国株式市場では、8月の外国人売り越し額が24日時点で715億元(約1兆4千億円)に達しています。これは、外国人投資家が上海市場に上場する中国主力株を香港市場経由で投資できるようになった2014年以降で、単月の売り越し額として過去最高の水準です。

ドルに対して中国元が下落する動きも続いています。中国人民銀行は人民元安を牽制するために、1ドル=7.2元よりも価値が下がらないように、元買い・ドル売りの為替介入を続けているとの噂もあります。

中国元が下落基調にあるのは、①中国経済の約30%を占める不動産市場の不安定化が長引き、金融システムに対する不安や個人消費減退への懸念が高まっている、②景気減速に対応するため緩和的な金融政策を進める中国と、金融引き締めが長期化する米国との金利差が拡大している、③中国での事業運営に制約やリスクを与える中国の規制強化を嫌って海外企業が撤退する動きがある、など、すぐには解決が困難な事態が次々と表面化しているからです。

中国人民銀行が自国通貨防衛のため、保有する米国国債を売却してドルを調達しているのではないかという憶測から、現在の米10年国債利回り水準は十分に高いが、年末にかけては4.5%に向けてさらに上昇するという見方も出てきました。

安全資産を求めて中国から流出した資金はどこに向かうのか。ドイツなどユーロ諸国は中国への外需依存度が相対的に高いので、ユーロは受け皿にはなりづらい。金利が見劣りする日本円のニーズも限られていそうです。

そこで、中国リスクが高まれば高まるほど、大きな景気後退の可能性が低くなったと見られる順調な米国経済、長短金利ともに高水準をキープし、昨年10月と比べてまだ割高ではない米ドルが受け皿となり、年内1ドル=160円を目指して、ドルの独歩高になる可能性が高くなったと思います。  (2023年8月29日記)