今月の視点 2023年8月

マーケットの虚を突いた日銀のYCC運用の柔軟化

●前倒しでYCC運用が見直された

FRB(米連邦準備制度理事会)は7月26日に政策金利を0.25%引き上げ5.25~5.50%に、ECB(欧州中央銀行)も7月27日に政策金利を0.25%引き上げ4.0~4.25%にすることを決定しました。

一方、マーケットの大勢は、日本銀行はこれまでと変わらず金融緩和策を持続していくと予想していました。そして、これらの流れは、世界的な金利上昇圧力を高めるとともに、欧米と日本との金融政策の方向性の違いから円安・ドル高や円安・ユーロ高の動きを促進する可能性を高めていました。

しかし、7月28日に開かれた日銀の金融政策決定会合では、従来の10年国債利回りの許容変動幅を「±0.5%程度」としていたものを「±0.5%程度を目途とする」とし、加えて日銀が国債を無制限に毎営業日購入する「連続指し値オペ」の水準を0.5%から1.0%に引き上げるというサプライズ「YCC運用柔軟化」の発表を行いました。

YCC運用の柔軟化は近い将来行われるとマーケットは予想していましたので、サプライズは内容ではなくタイミングです。なぜ日銀はYCC運用の柔軟化をマーケットの予想よりも前倒しで決定したのかについて考えてみます。

YCCとは、イールドカーブ・コントロール(Yield Curve Control)の略語で、日銀が実施している金融政策のひとつです。イールドカーブとは国債の利回りと償還期間の関係を表した曲線で、金利水準や金利動向を反映します。日銀は、目標とする長期金利の水準に金利を抑え込むため、指値オペで無制限にマーケットから国債を買い入れて長期金利を目標値に近づける操作(YCC)を続けてきました。

YCCの目的は、低金利環境を維持することで企業や個人の資金調達コストを低水準に安定させ、経済活動や物価上昇を促進することでした。

しかし最近では、YCCで金利水準を人為的に操作しているために、本来は市況や景気動向を反映して動く長期金利の機能が歪められ、債券市場の流動性や価格形成機能が低下しており、YCCの弊害を訴える声も高まっていました。

今回のYCC運用柔軟化では、日銀は以下の変更を行っています。

・長期金利の許容変動幅は目標値0%から±0.5%程度に据え置くが、その位置付けを「目途」として長期金利が0.5%を超えても必ずしも介入しないことを示唆した

・指値オペの水準を従来の0.5%から1.0%以下に引き上げた。これにより、日銀は長期金利が上昇しても1.0%以下であれば許容することを示した。 ●再び高まる円安、金利上昇期待

植田日銀総裁は、YCC運用の柔軟化により長期金利1%までの上昇を容認するが、現時点では1%まで上昇する想定はしていない、0.5~1.0%の範囲内で日銀が金利水準や変化のスピードなどに応じて機動的に国債買い入れの増額や指値オペなどを実施することで債券市場の機能やその他の市場の変動幅を和らげる効果が期待できる、とYCC運用に自信を示しました。

2022年10月に1ドル151円台への円安進行を受けて、政府・日銀は急ピッチな為替変動を抑えるため大規模な円買い・ドル売り介入を行い、さらに12月にYCCの許容金利上限を0.25%から0.5%に引き上げました。その結果、マーケットは予想外の展開に動揺し、1ドル150円台から130円割れまでドル相場が短期間に急落するという混乱を招いてしまったことへの反省が政府・日銀にあります。現在も、国内金利の上昇圧力と1ドル142円台の円安水準にあり、2022年10月当時と状況は大きく変わっていません。

そこで日銀は、長期金利を0.5%に厳格に抑制するよりも、1%までの金利上昇を容認し、機動的に指値オペを入れるYCC運用の柔軟化を図ったほうがマーケットの安定化に寄与し、金融緩和の持続性を高めることが期待できると判断。欧米の中央銀行の政策動向にマーケットが神経質でなく、為替相場も株式相場も比較的安定していていたこのタイミングを見て、YCC運用の柔軟化をマーケットの予想よりも前倒しで決定したものと思われます。