私はこの金融危機の深刻化してきた流れの中で、昨年12月、野村證券自身が発行体となった「期限前償還条項付劣後社債」を個人向けに発行したのは非常に印象的で、「やはり野村證券はリーディングカンパニー」だと思いました。破綻したときの返済順位が劣る劣後債を個人向けに、しかも期間8年の社債だけど、発行3年以降は企業側の事情で償還できる条件をつけた。その代償として設定した利率は当時驚きの年3.60%でした。投資家の買いが殺到し、発行枠を大幅に広げた経緯があります。
これはもちろん野村自社の資金調達ニーズでもあったのでしょうが、これは後にメガバンクへの調達手段の提示にインパクトを与えました。同様の仕組みの「期限前償還条項付劣後社債」を個人向けに、三井住友銀行(年2.73%)、三菱UFJ銀行(年2.75%)、みずほ銀行(年2.67%)が発行し、それぞれが好調な資金調達を行う先導となりました。
当時、メガバンクの1年定期預金はキャンペーンで1%程度の攻防でしたので、もし期間が8年に延びても破綻の心配をせず、年2.7%程度の利息がつけば御の字と考える預金者にとっては格好の対象となりました。おそらく通常時であれば、メガバンクはキャンペーン定期預金の利率とこんなにかけ離れたものを、劣後社債とはいえ発行はしなかったでしょう。金融危機の緊急事態だから踏み切ったと私は思います。したがって、そこにメガバンク、そして預金者のニーズがあると見て、自らの例でニーズの確認を行った野村證券はさすがだと感じた次第です。
そして、その野村證券がまたチャレンジをしました。格付けA−という高格付けぎりぎりの発行体「岡村製作所」社債の募集を行います。4年で年2.52%の条件です。
社債はもともと機関投資家向けの金融商品で、彼らは社債投資を行う際に大抵は格付けA格以上のものしか投資対象としません。そしてリーマンショック以降は格付けAAであっても、投資に対して慎重になっていました。ましてや格付けA格は、格付けを聞いただけで投資対象から外し、むしろ既に保有している投資家は、できたらいったん外したいと考えていた格付けでした。
しかし、この金融危機で一番資金繰りに困り、長期の資金調達を行いたいと願っているのが、この格付け以下の企業です。したがって、「もし発行するのであれば多少金利が高くても仕方がない」と覚悟している企業群でもあります。
そして「少しでも高い確定運用ができるなら」と考えている投資家や預金者にはニーズの高い投資対象にもなります。
そんな双方にニーズのある機会がなぜ成立しないのかというと、「情報の少ない個人に、なぜそんなに信用リスクのある社債を案内したのか」と、もし万一その社債が破綻した場合に、募集した金融機関に責めが集中するからです。そのリスクをあえて取り、個人に信用リスクを負わせて販売するメリットがあるのかに対して、金融機関側の躊躇があるからです。
そういう意味で、今回の野村證券の「岡村製作所」社債の募集は劣後債に続くチャレンジとして注目しています。個人的には、A−の格付けであれば、もっと利率は高めになると期待していましたが、利率の水準はどうあれ、個人向け社債の発行動向の転機になると思います。
お知らせがあります。来週、日経新聞の夕刊で4回シリーズ、外債投資についてコラムを書くことになりました。ご存じの方は多いと思うのですが、「目からウロコの投資塾」という連載コラムで、21日から24日までの4日間です。読んでいただければ幸いです。