今月の視点 2023年3月

金利は押さえつけてきた反動で緩やかに上昇か

次期日銀総裁候補の植田和男氏は、衆議院が2月24日に行った所信聴取で「異次元金融緩和」を続ける姿勢を強調しました。黒田日銀総裁は異次元緩和で“デフレを脱却し物価2%目標の早期達成”を目指しましたが、就任から10年を経ても達成できておらず、低金利環境が長引く中、財政規律の緩み、市場機能の低下、急激な円安など異次元緩和をこのまま継続していくことへの限界が見えてきました。黒田氏がとってきたこれまでの政策対応と今後の課題について整理します。

黒田総裁のこれまでの対応

黒田氏が日銀総裁に就任する直前、2013年1月に政府と日銀はそれぞれの役割を記した共同声明(アコード)を結び、公表しました。日銀は2%のインフレ目標に向けて金融緩和に取り組み、政府は成長戦略を実現し財政健全化を進め、相互に連携して努力するという内容でした。

2013年4月、総裁に就任すると、金融政策の操作対象を、従来の「金利」から資金供給の「量」に変更し、供給を増やして金利の上昇圧力を人為的に押さえ、さらに「質」にも配慮して、長期国債を買い入れることやETF(上場投資信託)など、リスク資産の買入額を拡大する「異次元緩和(量的・質的金融緩和)」を開始しました。また、日銀は2010年12月から金融政策としてETFを買い入れていましたが、2014年10月、当初の買入限度額年間4500億円程度から3兆円に増やす拡大に進み、2022年3月時点の保有額は50兆円を超えて、世界最大級の機関投資家「年金積立金管理運用独立行政法人」の日本株式保有額を上回りました。

2016年1月には「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入。日銀当座預金の金利を一部マイナス化することで足元の短期金利を引き下げ、大規模な長期国債買入と合わせて金利全般により強い下押し圧力を加えていくことで、2%の物価安定上昇の早期実現を目論みました。

さらに、2016年9月、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入。YCC(イールドカーブ・コントロール)により、短期金利については日銀当座預金のうち政策金利残高にマイナス0.1%の金利を適用するとともに、長期金利については10年国債利回りが概ねゼロ%程度で推移するように長期国債を買い入れることにしました。

2021年3月、長期金利の変動幅を±0.25%まで容認した際に、日銀はYCC導入によって、導入されなかった場合に比べると、10年国債利回りは概ね1%程度低下したと政策効果の分析を行っています。一方、マーケットからは、本来マーケットで決定されるべき利回りを、YCC 導入で人為的に押さえつけて歪みを生じさせていると、悪影響を懸念する声が早くから挙がっていました。

本来、中央銀行による国債買い入れは、金融危機などによりマーケットに資金の目詰まりが生じた場合、金融機関に流動性を供給するための緊急措置です。それを長期間継続すれば、中央銀行(日銀)のバランスシートが巨額の国債購入によって膨れ上がるだけではなく、「どんなに低金利でも最後は日銀が買い入れてくれる」というコンセンサスが定着し、資金ニーズの需給によって金利が上下する正常な金利機能が働かなくなってしまいますから、国債の買い支えにはいずれ限界が来ると見られていました。2022年末の日銀総資産704兆円のうち長期国債保有額は556兆円。発行済国債の半分に相当する額を、金利を押さえるために買い入れてきたわけです。

その2022年12月、日銀は、債券市場の機能低下が、企業の起債などに悪影響を及ぼす恐れがあるとの懸念から、国債買入額を増額しつつ、長期金利の変動幅を従来の±0.25%程度から±0.5%程度に拡幅しました。

 

植田新日銀が取り組む課題

現行の金融緩和を続けると強調した植田氏も、「緩和策の検証を必要に応じて検討したい」と副作用が存在することへの認識を明らかにしています。金融緩和をさらに続けるために、副作用を軽減しつつ、金融の目詰まりを起こさないよう、仲介機能が円滑に発揮される金融システムの安定を目指す考えです。そのためには、持続が困難な異次元緩和から正常な金融政策への回帰、つまり、政策目標を「量」から「金利」に戻し、マーケットが金利を決定する機能を取り戻す取り組みをせざるを得ません。

まずは、「景気が良くなる期待が高まれば金利は上昇する、悪くなる懸念が高まれば金利は低下する」という当たり前の金利機能を取り戻すためのYCCの緩和・撤廃に向けての地ならしが必要でしょう。さらに、押さえ込んだ反動で起こる、緩やかな金利上昇を容認することへの前向きな検討が欠かせません。

そしてまた、いずれ償還を迎えて現金になる長期国債とは異なり、償還がなく日銀が保有するにふさわしくないETFなどのリスク資産を(幸いにも評価益であるうちに)、日銀の資産から外して他に移していく「オフバランス化」の方法についての具体的な検討も、植田新総裁の就任を機に進められることを期待します。